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*㈲アツザワ・プロテーゼ九州 ブログ*

青だけど!青じゃなーい!

青い目

いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧いただき
誠にありがとうございます!

シカゴでは若手向けのワークショップに参加してきました!

型を作製したり、研磨をしたり、色々なことをしたのですが、
特にお互いの目を観察しながら、虹彩を作るのは、
普段見る事のない色の虹彩ばかりで楽しかったです。

虹彩の着色方法や道具もいくつかあります。
それぞれの組み合わせで4パターン試すことができました♪

私以外は、全員北米のメンバーでしたが、
道具や着色方法を普段自分が使っているものと違うものに変えたとたん、
「何これ!出来ない!」状態に陥っていました(笑

私も、昨年カナダでどのテクニックも経験したことこそありますが、
北米のメンバーに比べれば圧倒的に
不慣れな道具・テクニック・色のトリプルパンチで
始終四苦八苦していました。

手元でペタペタ作業してパートナーの眼の横につまみ上げて比べてみると、
色自体は意外と悪くなかったので驚きました(笑
ただ、その後、時間が足りず、バタバタと片づける時にまだ硬化していなかった角膜部分が
ずれてしまったので、ちょっと空気が混入してしまいました・・。
白っぽくキラキラして見えるのはそのせいです。
お恥ずかしいですが、失敗作としてご覧ください。
ちなみに、白目は全く何も着色していない真っ白の状態です。

「青い目」とは言いますが、実際には色素のうすい眼を作製する際に「青」を
使わない義眼師も多いそうで、試してみました。
久しぶりに、週末はゆっくり水彩画をやってみようかな・・と思いました。
色を見る目?勘?大切です。

2018年11月07日 12:26

『シングル義眼』『ダブル義眼』とガラスの義眼

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いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧いただき
誠にありがとうございます。
 
以前こちらのブログでも触れましたが、
日本は、ガラス製義眼の完全国産化に成功した数少ない国の一つです。
残念ながら、現在の日本では装用を目的としたガラス製義眼は作製されていません。

しかし、今でもまれに、数十年間ガラス製義眼を大切に装用されていた患者様から
「割れてしまった・・」とご連絡をいただくことがあります。*
 

以前は、義眼を分類する際に
薄い義眼のことを『シングル義眼(一重義眼)』、
厚い義眼のことを『ダブル義眼(二重義眼)』
という言葉が使われていました。
 
シングル義眼・ダブル義眼という言葉はガラスで
義眼が作製されていた頃の名残で、
ガラスの義眼の断面に由来していています。
義眼の素材が合成樹脂になったことにより、
これらの言葉は現在ではほとんど使われていません。

英語でも、日本同様、現在ではほとんど使われることはありませんが、
そのまま、それぞれSingle walled ocular prosthesisと
Double walled ocular prosthesisと呼ばれていました。
 
資料用に保管している割れたガラスの義眼を見ると、
なぜ、『シングル』『ダブル』と呼ばれてたのかが一目でわかります。
 
ガラスは壊れやすい、修繕や研磨ができないなどのデメリットもありますが、
ガラスにしかないメリットもあるそうで、
ヨーロッパを中心に現在でも合成樹脂製義眼と平行して
ガラスの義眼も作成されています。
2018年にもガラス製義眼に関する論文が発表されているのを見ると、
100年以上使い続けられている素材もまだまだ世界的には
素材として現役なのだな・・と感じます。
 
*合成樹脂でも、ガラス製義眼でも、義眼は作り変えが必要です。
 同じ義眼を数十年使用することは義眼床のトラブルの原因となる恐れがあります。
 ガラス製の義眼をご使用されている場合には義眼の交換の検討をお勧めします。

2018年09月06日 16:27

映画(ドラマ)の中の義眼はウソだらけ??③

こんにちは!いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧いただき
誠にありがとうございます。
 
「映画の中の義眼はウソだらけ」シリーズ第3弾。
今日は映画ではなく、日本のテレビドラマに登場する義眼について書きたいと思います。
 

水神村伝説殺人事件

 
横溝正史さん著「車井戸はなぜ軋る」を原作として、
2002年にTBSで放送された、古
金田一耕助シリーズの単発テレビドラマです。
私はリアルタイムでは視聴していなかったのですが、
最近、再放送をボ~~と眺めていたら物語序盤から義眼がキーアイテムのように
扱われていたのでついつい最後まで見てしまいました。
先にご紹介した2作品とくらべてリアリティラインが高めに設定されていて、
義眼も大写しになったシーンを見る限り、本物を撮影に使用しているようですし、
はっきり「ウソだ!」と言えるような表現はありませんでした。
ただ、1ヶ所、微妙な部分があったのでそのことについてお話しします!
 
■片眼の視力を失明=運転できないとは限りません
 
以下、警視庁のホームページ『適性試験の視力の合格基準』より引用

・原付免許、小型特殊免許
両眼で0.5以上、又は一眼が見えない方については、他眼の視野が左右150度以上で、
視力が0.5以上です。
 
・中型第一種免許(8トン限定中型)、準中型第一種免許(5トン限定準中型)、普通第一種免許、二輪免許、大型特殊免許、普通仮免許
両眼で0.7以上、かつ、一眼でそれぞれ0.3以上、又は一眼の視力が0.3に満たない方、若しくは一眼が見えない方については、他眼の視野が左右150度以上で、視力が0.7以上です。
 
・大型第一種免許、中型第一種免許(限定なし)、準中型第一種免許(限定なし)、けん引免許、第二種免許、大型仮免許、中型仮免許、準中型仮免許
両眼で0.8以上で、かつ、一眼がそれぞれ0.5以上、さらに、深視力として、
三桿(さんかん)法の奥行知覚検査器により3回検査した平均誤差が2センチ以内です。
--------------------------------------引用ここまで-----------
 
残念ながら、大型第一種免許、中型第一種免許、準中型第一種免許、けん引免許、第二種免許、大型仮免許、中型仮免許、準中型仮免許については、一眼がそれぞれ0.5以上となっているため、片眼を失明していると免許をとることができません。
 
しかし、このドラマで使われていたような乗用車であれば、
視野などの基準を満たしていれば運転することができます。
 
 原作では、戦争により両眼を失明し義眼を装用しているため
車の運転ができないという設定だったところを、
ドラマ化するにあたって、アメリカ留学中の事故による火傷で片眼を失明し
義眼を装用している。つまり、片眼の視力に問題がないという風にもとれるように
変更したことによって、この人物が「車を運転できない」という
物語上非常に重要な設定にツッコミの余地が出来てしまったという感じです。
ただ、「事故で片眼を失明したうえに、残されたもう片眼の視力も0.7以下だ!」
なんてドラマ中のセリフで説明すると不自然ですし・・・ね。

原作は未読ですが、昭和24年に発表されたこと、義眼装用の原因が戦争であること、
物語の結末・・ドラマ版よりも辛い話なんだろうなぁ・・と思います。
 

2018年07月11日 13:39

映画の中の義眼はウソだらけ!②

こんにちは!いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧頂き
誠にありがとうございます。
 
先日は映画、『パイレーツ・オブ・カリビアン』に見られる
実際には起こりえない義眼の描写についてご紹介させていただきました。
 
つづいてご紹介するのは、アニメ映画です。
 

SING シング 

 
2017年3月に公開された3Dアニメ映画です。
 日本でも人気女優さんや歌手の方々が多数声をあてていますし、
いずれ地上波で放送されるのではないかと思います。

この映画には劇場で事務員さんとして働く
ミセス・クローリーという、
心優しい片眼に義眼を装用したイグアナのキャラクターが登場します。
 
■やっぱり繰り返される「義眼が飛び出す」というくだり
 
映画の冒頭、物語のキーとなる重要な場面で、
扇風機の風に当たっただけで
義眼がクルクルクル~~~と回転し始め、ポン!と飛び出してしまう。
と言う衝撃のシーンがあります。


その後も義眼が外れて転がるというシーンは劇中何度か繰り返されます。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』同様、ボール状で転がりまわり、跳ね回ります。
さすがにこんなことは起こらないのではないかと思われるほど
突き抜けているだけラゲッティよりはマシなのでしょうか?

ピクサーやディズニーなどのアニメ映画では
登場する植物など、時には生息地へ実際に出向いて取材をしたりして
細かくデザインされている。と、
DVDの特典映像で眼にすることがありますが、
動植物の取材は出来るのに・・と残念に思います。
見たものを正直に受け取ってしまう子供向けの映画だからこそ、
もう少し丁寧に扱ってほしいと思ってしまいます。
 
■Made in China?
飛び出した義眼の表面にほんの一瞬「made in China」と
書かれているのが確認できるとアメリカのネット上で指摘されていたので、
確認してみたところ、確かにそのように書かれているように見えます。
 
そう思って見ると、ミス・クローリーの目はグリーンっぽいのに、
義眼のほうは黒に近い茶色。アジア人の目の色に見えるような気もしてきます。
 
アメリカが広く既製義眼を輸入していたのは戦前までです。
その輸入元はフランスかドイツなどのヨーロッパに限られていました。
 
万が一、中国製が現代のアメリカに輸入されていたとして、
中国ではガラス製義眼が主流だそうですからガラスの義眼の可能性が高いと思います。
でも、そう考えると、劇中あれだけ跳ね回って割れないのは不自然です。
また、義眼は機械での大量生産品ではないので、
恐らくMade in Chinaなどとわざわざ印字したりしてしないと思います。

もし本当にMade in Chinaと書かれているのだとすれば、
なぜあえてそんなことをしたのか気になります。
つぶれかけの劇場の職員=お金がない=安いもの=既製品=中国製と
安易に考えたのでしょうか。

最近のアメリカ映画は「多様性」をキーワードにしたものが多いように思います。
義眼や義眼を装用しているキャラクターを「多様性」を表現するための記号のように扱うのではなく、
もう少し真面目に取材して、作品に登場させて欲しいと思ってしまいます。
 
フランク・シナトラ、エルトン・ジョンなどの懐かしい名曲から、
アリアナ・グランデやビヨンセ、
日本人としては少し残念な扱いのきゃりーぱみゅぱみゅまで、 
劇中にちりばめられた音楽がとても楽しい映画だったのですが、
仕事柄、細かいことが気になってしまった一本でした。

2018年06月22日 11:45

映画の中の義眼はウソだらけ!

アツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧いただきありがとうございます。
 
 映画やドラマ、漫画などの最後に「この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・ 名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。」
というメッセージを目にすることが多いですよね。

でも、「そんなワケないじゃん!」と判断できるほど
一般的に知られていない職業などが題材となった場合、
その架空のイメージが「そういうもの」として
受け取られてしまうことも少なくないと思います。
 
義眼も時々、映画やドラマ、漫画などに登場することがありますが、
残念なことに、これらは義眼に接したことの無い人にとって
誤解を招く原因となっています。

義眼を装用されているご本人やご家族であっても、
特に初めて義眼を装用される場合には
「そういうもの」と思い込んでいらっしゃることも珍しくありません。
 
そこで!

今日はそういった「ウソ」に対して
「違う!そうじゃない!」と声を大にして言ってみます!!
 
まずは!

大ヒット映画

パイレーツ・オブ・カリビアン

 
この映画の影響の大きさには海外の義眼師も頭を抱えています・・
海賊ラゲッティと言っても誰だかわかりませんよね?
でも義眼をしたちょっとおマヌケな海賊だと言えば思い浮かぶ方も多いのでは?
 
このラゲッティさんの義眼、
ポロポロと落ちて、コロコロ転がったり、
猿に取られたり・・。

 ■ 義眼はボールじゃなーーーーーーーーい!!

眼窩の中には眼球や筋肉の他、脂肪が詰まっています。
眼球が摘出された後は重力によりその脂肪が下のほうにおりてくるため、
もともと眼球のあった球状の穴は脂肪である程度埋まってきます。
そのため、球状の義眼は入れることができません。

この映画には東インド会社が登場しますから、17世紀~18世紀が舞台になっていると思います。
以前、「義眼の歴史」でご紹介しましたが、
そのころにはすでにガラス製の義眼が作られていました。

それ以前、16世紀であっても記録として残っているのは、
目の描かれた金属製の眼帯のようなものか、
薄い貝殻のような形状のものかのいずれかであって、
発見されている最古の義眼から現代まで、
少なくとも私の知る限りはボール状の義眼はありません。

また、これは完全に私個人の勝手な想像ですが、
ラゲッティは海賊ですし、失明原因は外傷ではないでしょうか?
ケガをして失明後に眼球萎縮している状態だとすると、
ボール状の義眼なんて絶対に入るワケ無いのです・・・
義眼を初めて作成されて、形が思っていたの(ボール)
と違っても、それが普通ですので、どうぞご安心してご使用ください。
 
■ 義眼はそんなに簡単に外れなーーーーーーい!!


これについては本当に罪深いと思います。
義眼を装用することになったご本人や
ご家族を不安にさせてしまうことはもちろん、
多くの方に「義眼は落ちて転がる」という
実際とは異なった印象を与えてしまったと1つの原因ではないでしょうか。

もちろんこの映画だけが原因ではないでしょうが、
大ヒット作品だけに、
「義眼」と聞いた時に、転がる義眼を追いかけるラゲッティの姿を思い浮かべる方も
いらっしゃるのではないかと思います。

安定して義眼を装用できるような義眼床と瞼の状態で、
義眼を正しく装用できていれば、
通常の生活の中では義眼はそう簡単に外れません。

少なくとも、彼のようにのように頭を叩かれたり、
転んだくらいで、ポンと飛び出すなんてことは、
絶対にありません!!!!!!!

恐らく、入れ歯が飛び出して勝手に動きだすくらいの
感覚での演出なんでしょうけど、
義眼は入れ歯ほど身近な方が少ないので、判断しにくいかと・・。
いっそ、目玉親父のように手足が生えて走り回りでもすれば別ですが(笑

また、このように義眼の登場する作品にツッコミをいれつつ
ご紹介していこうと思います♪
自分も医療ドラマ、刑事ドラマ、学園ドラマ・・いくらそれっぽくても、
真に受けてはいけないなぁ~と改めて感じます。気を付けなければ!

2018年06月13日 16:26

「領収証明書」作成できます(有料)

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いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログをご覧いただき
誠にありがとうございます!
 
今年の冬は寒さが厳しく、福岡でも雪のちらつく日が続きましたが
皆様、いかがお過ごしでしょうか??
 
 さて、この時期、
領収書を再発行のご依頼があることがあります。
 
 領収書の再発行はお断りさせていただいておりますが、
代わりとして「領収証明書」をお渡しすることは可能です!
こちらには、お名前、お支払い金額と領収日、
弊社の社名、住所、連絡先を記載し、
さらに弊社にて保管しております領収書の控えのコピー画像を添付、
代表が署名・捺印をしてお渡しいたします。 
※文書作成手数料が必要です。
 
ただし、「領収証明書」は「領収書」ではありませんので、
領収書の代わりとして認めていただけるかどうかについては、
提出先の各窓口でのご判断となります。
また、代表の署名、捺印が必要ですので、
出張日などの関係で、ご依頼からお渡しまで、1週間程度
かかる場合もございます。

以上の点を十分ご理解いただいた上で、
ご依頼くださいますようお願いします!!

2018年01月31日 11:18

義眼が古くなるとどうなるの?

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いつもアツザワ・プロテーゼ九州のブログを
ご覧頂きありがとうございます♪

9月に入って、だいぶ過ごしやすくなりましたが、
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

さて、皆さま、義眼が古くなると、
どんなことが起こるのか、見た事がありますか?
ちょうど、典型的な例を見つけたので写真を撮ってみました。

殆どの場合、
義眼床(義眼を入れるスペース)の変化や、
瞼など、お顔の成長や加齢による変化の方が
義眼本体の傷みよりも先に起こるのですが、

時々、外観でもすぐにわかるほど傷んだ義眼に
出会うことがあります。

義眼の変色も典型的な一例です。
義眼の裏面や側面などにシミのように見えることが多いですが、
表に見られることもあります。
色は、黄色~茶色~オレンジまたは緑などです。

このように変色してしまった義眼は、
残念ながら調整によって元のような色に戻す事はできません。
また、このような変色が見られるほどに
長い年数、同じ義眼を装用され続けていた義眼床は
何らかのトラブルを起こしていることも少なくありません。

変色の他、色の剥離、傷、割れ、欠け、ヒビなどの
義眼本体の傷みが気になり始める前の交換が理想的です。
義眼を長持ちさせるためにも、
1年に1度を目安に義眼の研磨と義眼床のチェックをうけられることを
お勧めします♪
 

2017年09月04日 15:20

黒以外の目は作れる?

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こんにちは!

いつも(有)アツザワ・プロテーゼ九州のブログを
ご覧いただきありがとうございます。
先週、博多に出現した大きな穴のニュースは驚きましたね!

さて、唐突ですが!
ここ、福岡でもまれに海外出身の患者さんが義眼を
お求めにいらっしゃることがあります。
福岡という土地柄のためか、アジアのご出身なことがほとんどですが、
ごくごくまれに、西洋のご出身の方がいらっしゃることもあります。
虹彩がブラウンやヘーゼル以外の眼となると、
いつもとは違うテクニックが必要となります!

そこで・・練習のために
ブルーの虹彩(黒目)を作ってみました!
『青い目』と言っても、実際はブルーグレーのような色の場合が多いので、
そのようなイメージの写真に合わせてみました。
いかがでしょう??

※現在のところ、オシャレを目的としたブルーの義眼の
 販売予定はございません。どうしてもとご希望の場合には直接ご相談ください。

2016年11月04日 01:11

☆義眼の歴史☆~日本の義眼Ⅱ~

西洋の義眼との出会い
西洋のガラス義眼が初めて日本に持ち込まれたのは1868年、
徳川幕府からフランスに派遣された池田筑後守が戸塚文海に依頼されて持ち帰った
フランス製の義眼だと言われています。
 
その後、日本にもフランスのボアッソノー式義眼や
ドイツのミューラー式義眼が輸入されるようになりましたが
輸入された既製品から日本人に合う義眼を見つけるのは
非常に困難だったため、国産の義眼の開発が急がれました。
 
姫路の医師、高橋江春先生は、輸入されたボアッソノーの義眼などを参考に、
明治初期より長年の試行錯誤の末、1884年(明治17年)日本で初めて
鉛ガラス製の義眼の作製に成功しました。
 
しかし、世界的にフランスに代表される鉛ガラスの義眼よりも、
ドイツのミューラー式義眼が主流になったことに加え、
そのドイツ製ミューラー式義眼がマルク安のため大量に日本に輸入され、
販売価格が約10分の1程度まで下がったことで、
国産義眼を求める人は減っていきました。
 
高橋先生の跡を継いだ技術者もたようたようですが、
残念ながら大正から昭和になるころには
この高橋式義眼とも呼ばれる義眼の作製は中止され、
日本全国に普及することはありませんでした。
 
国産ガラス義眼の実用化
その後も日本は素材をドイツからの輸入に頼るのではなく、
素材を含めた義眼の完全国産化を目指し、
鉛ガラスに代わる新しいガラス素材の開発に取り組みました。
 
当時の東京帝国大学の眼科の石原忍教授の命によって
国産義眼の研究開発に長年携わっていた、
中泉行正博士からの依頼を受けて研究をすすめていた
岩城硝子製造所が1929年(昭和4年)、
義眼の素材に適したガラスの実用化に目途をつけました。
 
その後、中泉博士から依頼を受け、化学用実験器具職人の
厚沢銀次郎氏が、国産の新しいガラス素材を使って義眼の開発を始めました。
 
厚沢氏はミューラー式義眼の作製方法を研究し、
1930年(昭和5年・・満州事変の前年)初めて国産義眼の実用化に成功しました。
また、義眼作成の工程を国内で行うことができるようになったことにより、
一人ひとりに合わせたオーダーメイドの義眼の作製も可能になりました。
 
ガラスからアクリルへ
第二次世界大戦中、アメリカではアクリル樹脂を使った義眼の作製に成功していました。
日本へも終戦後、欧米から文献が入ってくるようになり、
アクリル樹脂製義眼の情報が伝えられました。
 
中泉行正博士が1952年(昭和27年)に発表した文献の中で
「国産プラスチック義眼」について紹介していることから
終戦後には日本でも速やかに義眼の素材が、
ガラスからアクリル樹脂へと移行されていたことが分かります。
 
この文献の中で紹介されている日本の
樹脂製義眼の作製方法は
アメリカの「アーミー・メソッド」など、
西洋の義眼作成方法とは違う、日本独自の部分もすでにあります。

ガラス製義眼の時も、アクリル製義眼の時も、
西洋のオキュラリストと違い、直接ドイツやアメリカのラボへ弟子入りするという形で
技術を教えてもらうことは難しかったにもかかわらず、
かなりの短期間で独自に義眼を作製することを可能にした
日本のオキュラリストや素材開発に携わった方々の努力と情熱には
本当に頭の下がる思いです。

義眼の歴史をたどると、国内外問わず、大きな変化のきっかけは
残念ながら戦争であることが多いように思います。
今後は地道でも、少しずつでも、世界中の義眼師同士、協力して
争うことなくより良い義眼を作れるようになりたいと思いました。

2016年11月02日 17:31

☆義眼の歴史☆~日本の義眼Ⅰ~

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日本の義眼のルーツ
義眼は、昔は偽眼(目)や
入れ目などと呼ばれていました。

日本での作られていた
初期の義眼は木、木の実、獣骨などで作った
非常に稚拙なつくりのものだったようです。
 
日本の義眼のルーツではないかと言われているものの一つが「玉眼」です。
玉眼とは中空にされた仏像頭部の目を
瞼の縁のラインにそってくり抜き、
裏側から、研磨した水晶と、染色された紙や綿などを重ねて木杭で固定することで、
表から見た時に、仏像の眼を
涙に濡れたようなリアルな眼にみせる技法です。
 
現存するもので最も古い玉眼の入った仏像は
1151年に作られた阿弥陀三尊像(奈良県・長岳寺所蔵)ですが、
鎌倉時代になると玉眼の入れられた仏像が多くみられるようになります。
江戸時代に、「玉匠師」に義眼の作成を依頼したという記録も残っていることから、
こういった仏像や仏具の作成に使われた
玉(ぎょく)の加工技術が後の日本の義眼に影響したと考えられています。
 
初めて人間の眼に義眼が入れられ始めたのは18世紀中期ではないかと
という仮説もありますが、はっきりしたことは解っていません。
 
江戸時代の義眼

江戸時代に入ると当時の義眼について知ることのできる
文献がいくつか現代に残されています。

現在知られているものでもっとも古いものでは
中御門天皇の時代(在位期間 1709年~1735年)に
伊賀国の樋口氏によって作られていたという記録があります。
 
江戸時代の義眼はかなり単純な作りであったようです。
蝋石を半球にして、裏から虹彩にあたる部分に穴をあけ、
穴の中に色付けした蝋石をはめ込んだものと、
ガラスや水晶に胡粉(ごふん)で
虹彩を書いたものの大きく分けて2タイプがありました。
後者は、すぐに色が剥げてきてしまうという問題があったため、
ガラスの裏から胡粉で虹彩を描き、裏面全体を金粉で被って色を剥げにくいように
工夫したものもありました。
 
他にも獣角や、べっ甲などさまざまな素材が試されており、
陶器で義眼を作成したという記録も残っています。
陶器製の義眼はガラス製のものと比べ、
削ったり、研磨して、修正を加えることができるという
利点があると考えられていたようです。

画像
眼科・外科医療機器 歴史博物館 所蔵の木の実で作られた義眼

2016年10月26日 13:43

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